祐天寺怪談

 これは昨年の秋のはじめ頃の、なまあたたかい土曜の夜の出来事です。その日は夜勤入りで、速さよりも着席確度をとるいつものぼくの癖で各駅停車に乗り込み、職場のある中目黒駅へ向かってのろのろと夜の東横線に揺られていたのだけれど。土曜夜の登り列車なだけあって、はじめから人少なで、主要駅でもほとんど人が乗って来ない状況に、ぼくは何となくいつもと違う落ち着きのなさのようなものを感じていました。その上、まるで梅雨に逆戻りしたような気候のせいで、そこらじゅう酒気や汗の混じった生臭いにおいまで漂っていて、ガラガラの車内なのに非常に不快な空気と、エーテルみたく化学式では表せないあやしげな存在を肌に感じて、だんだんと露骨に苛立ちはじめてきた頃。ちょうど駅でいえば学芸大学とかそのあたりに差し掛かったときに、ふと頭の中にハッキリとしたエコーがして、おそろしいほどの明晰さである想念が浮かびました。それは

たぶんもう死んでいるんだ死ぬ前の走馬灯こそ人生なんだ

 というもの。そのときの感触は今だに名状しがたいけれども、頭の中に想念があるというよりも、想念の中に全身がすっぽりと入り込んでいるような。あるいは、普段はこころの表・中・深層のそれぞれにおいて、さまざまなベクトルの「風」が吹いているのが、その刹那には全層同じ風向風速の一塊の気団となって、あわれなぼくの自我へ向かってまるごと押し寄せてくるような。とにかく、有無を言わせず直接、ズドン!と、まるでホラー映画の山場みたいな理不尽な恐怖を一気に突きつけられたようでした。死ぬ間際、というか、もうほとんど下半身が棺桶に入っているような今際の状況下で、ほんの一瞬のうちに見ている白昼夢こそがぼくの人生であって、それを意識の作用でフォーカスしたりデフォーカスしたりして、取り繕って数十年分かそこらに引き伸ばしているにすぎない。そんな感じがズバッと身体のなかに入り込んで来て、直観的に「このままではまずいな」と思う一方、それでもまだ頭は働くからもう少し続きを待ってみようかなどと考えていると、案の定、どこからともなく捉え直しが起こってきます。

そうやつてとらえてゆくと人生の方から僕を駆け抜けてゆく

 作用・反作用の法則ですかね。電車が街なかを進むのではなく、街のほうから車窓を行き過ぎていく、あの感じが、人生においてもいえるんじゃないかって、これまた圧倒的な印象で脳裏に烙印されるかのように。このあたりでもう吐き気に近いような感覚を覚えて、動悸はしてくるは、しかめ面も限界、目を強く瞑って「早く着け、早く着け」とばかり念じていたところ、参ったことに、東横線の各駅停車は祐天寺という駅でたいてい通過列車を待つダイヤになっていて、ぼくの乗った列車もその例に漏れず、非情なほど長い(とぼくには思われる)間、不気味な夜の闇のなかに停車しておりました。「ああ、もう無理かもしれない、ここで降りようか」と思う折しも、特急電車がビュンビュンとものすごい音を立ててひとつ隣の線路上を通り過ぎていきます—

祐天寺通過電車を待ちながら駆け抜けてゆく僕の人生

 「これはほんとうに、中目黒までたどり着けないかもしれない」というなかば諦めにも似た恐怖感に苛まれながら、「ああ、誰かいてくれないか?」と思って周りを見まわしても、さしもの都会の夜の車両にみずからを除いて人影ひとつだになし。ふと、真ん前の大きなガラスに映った自分の姿は、その日たまたま白いシャツを着ていたのが、そのまま経帷子の死装束に見えてきて、いよいよこれは危うい、発狂寸前かと思われたとき、嬉しいかな中目黒の駅に到着してドアーが開くなり、生まれてはじめて駆け込み乗車ならぬ駆け降り降車をしたぼくは、ホームにいる数人の男女の訝しげな視線を感じつつも、なんとかことなきを得てやっとの思いで職場へ出勤しましたというお話です。

 後日、友人と忘年会をしたときにこの話を引き合いに出しながら、次のようなことを語りましたっけね。

「生と死って、あるとき一線を超えてこっちからあっちへ行くように思うけれど、それは違うなって、ぼくは思った。たとえるなら、量子がトンネル効果でジャンプするようなイメージかな。年をとるにつれてあっち側へ行く確率が非線形に上がっていく。若いうちは、確率が低いせいでその気配を感じることすら滅多にないけれども、じつは”死”って、二重性として常に生の裏側に存在しているものなんじゃないか。」

 まあ、「若いうちは」なんて部類に、そろそろおさまらなくなってきているからこそ、あんな出来事にも遭遇したのかは知りませんけれど。少なくとも、もう二度とあんな怖い目には遭いたくないので、夜勤入りの日には絶対に各駅停車には乗るまいとこころに決めました。というか、夜勤じたいがなくなってくれればいいのになあとも思ひつつ。くわばら、くわばら