相模の出雲

 ふと思い立って、出雲大社に参ることにした。といっても相模国に勧請された分祠の方です。神社あるあるですが、これまた辺鄙なところにあって、「どこやねんここ」「最寄りが聞いて呆れらあ」そんな内なる声々を聞き流しつつ、最寄りの秦野駅から歩いて二、三十分はかかったでしょうか。

相模なる出雲の社いかなればかかる僻地に建てられにける

 成田山とか川崎大師とか、もともと参拝用に整備された鉄道もあるものを。この小田急線沿いの相模の出雲は、そういった脚光の浴び方はちょっと望むべくもないように思われます。ぼくはそこまで詳しくは知りませんが、大国主命、少彦名命などの国つ神々は天照大神にはじまる天孫の神々とは別系統で、神話では天孫降臨に際して国を譲り出雲へこもったとされます。それゆえ、どちらかといえば”影”の方の存在で、三貴子の一柱・素戔嗚尊とゆかりが深い。ぼくは歌詠みとしてこの神には特別の敬意を払っておりますし、酒の神である大物主大神もご一族であらっしゃるので、まあいろいろと切っても切れないご縁ということなのでしょう。

どことなく水も光もことざまに映えてみゆるは氣にもこそあれ

 伊勢神宮は、都会のモダンな建築にも通ずるようなサッパリとした清潔感があるのに対し、出雲系の神社はなんとなくごちゃごちゃした、清濁併せ吞む感じがあって、ぼくはこれはこれで好きですよ。もちろん飲まず食わずで宇治橋を渡るときの涼風もたまりませんがね。そちらは来月に。
 ここ相模の出雲では手水の石鉢に菊などの花々が浮いていたり、運動会の本部席のようなテントの下に薄汚れた布張りの椅子を並べて「休憩所」としていたりと、見るに微笑ましい光景もちらほらと。その傍で、近所のお豆腐屋さんがいろいろな手作り商品を売っているので、スチーマーに入っている肉まんをひとつ注文。

豆腐屋の豚まんひとつ食べながらはるばる来ぬる意味をしぞ思ふ

 出雲なのに伊勢物語の歌っぽくなったけど、まあいいや。この肉まん、肉の味もちゃんとしますけれど、あんに豆腐が入っている分ヘルシーで、中の見た目も可愛らしいです。なんだろう、白うさぎっぽい?出雲だけに。賽銭用に「釣りを全部100円玉で欲しい」と無理を言っても快く応じてくれた女将さんに感謝。「そういえば、肉まんって何年ぶりに食べるっけ。」そんなことをも考えながら、朝食べてなかったので心身にしみわたるありがたいブランチでした。

四拍手を大注連縄にうち鳴らし立つる願ひや八雲越ゆらん

 惜しいのか、その方が良いのか知りませんが、ぼくは普段からあまり願いというものが無くて、神前に立っても何を祈念すればいいのかよく分からず、とりあえず作法通り頭を下げることくらいしかできません。そのたびに、昔読んだヘンリー・ソローの著作の中にあった間抜けの譬え話を思い出す。とある著名な耳の遠い老婦人にやっとの思いで会うことができて、いざ彼女の耳元へ口を近づけた時、何も言いたいことがない自分に気づく、というもの。今はかえって、そういう間抜けをこそ楽しめるようになっているので、ぼくは空っぽな頭と少しにやけた馬鹿っぽい表情で「はあ、どうも」と神々にご挨拶申し上げます。

とりあへずお札授かり帰途につきあへずやすらふ大鳥居前

 こういう潔からぬ参拝者のために、よく弁財天とかお稲荷さんとかが境内の内外に付随してまつられているけれども、ここには御嶽神社と八坂神社があった。これよこの、スサノオさんのお宿。だいぶ静かだったので、今日はお留守かしら。「まあまた参りますよ」と、巨大な冬枯れの木に言い残そうと

お隣の八坂神社のくすのきの梢にしげる青空や神

 かもしれません。島根の出雲に詣でたときには雨風やら雷やら凄かった(たしか地震もあった)ので、今回はちょっと拍子抜けしたけれども、海王・土星など上天ではこの先少々、荒れ模様の予報が出ているので、嵐の神、お留守やさもありなんと、おしはかられてぞ罷りつる。

 帰りは小田急線の北側の道を歩き、秦野駅の付近でやや大きな川に出ます。が、なんとこの川、一滴たりとも水がありません。重機が入っていたので護岸工事か何かをしている最中なのでしょうが、一緒に信号待ちしていた小さな子どもも母親へ向かって「お母さんなんで水がないの」としきりに聞いていたのが、以心伝心な感じもしてあはれでしたけれど、その母親が何か受け答えしているなかに「水無川」という単語が聞こえて、「うまく言ったなあ」とその時はぼんやり感じていたのみでした…。

水無川げにも水こそ無かりけれ流れは時に思ひなせとや

 でも後で調べたら、その川の名はほんとうに水無川というらしく、大山の方から出て秦野のまちを流れたあとは、金目川・花水川と名前を変えて平塚の西で相模湾へ注ぎます。ああ、三十余年、神奈川に住んでいても、西部のことは何にも知らないんだなあと、づくづく。知ったところでどうってこともないですけれど、歌のネタにはなっていいかも。それとて、さえない親父ギャグに堕ちないように気を付けるのは、なかなか骨が折れますけれど。まこと、歌詠みはつらいよ。

水無川こころも時も流れゆき金目も花もついぞむなしき

 いづくにゆくやはかみのみぞしる