伊勢・住吉詣(後編)

# 難波
難波潟しげき葦間に風をなみ千鳥の寝床われや借らなむ

難波津の葦はよを経て人となり旅寝の恋の通ひ路となり

うらぶれて道のゆくへも難波潟世には涙のひる間さへなく

 なんば駅について改札内をほっつきあるいてみてまず驚くのは、平日昼間からやっている立ち飲み屋の多きことです。しかもどの店もそれなりに人が入っていて、みんな焼き鳥やおでんをかじりながら或いは黙々と、また或いはくっちゃべりながらぐいぐい飲んでいます。「すげえな、大阪。いいかも」と思いながら、立ち飲みbarの前を通りすぎる際に「山﨑」のボトルが見えたので、「せっかくだしぼくも飲んじゃえ」と入店。言わずと知れたジャパニーズ・ウイスキーの銘酒、そんなに珍しいものでもないけれど、関西で飲むのはやはりどことなく感慨深いです。

 出際に「ご旅行ですかー」と女のマスターが聞いてきてくれたので「ええ、ほぼ初大阪なんですよ。姉さんおすすめのうどんとかラーメンとかあります?」と尋ね返しますと、「そうですねえ。初めて来たひとにはおすすめしないんやけどー」と前置きしながら「どうとんぼり神座」を推されます。「あっさり系で、白菜たっぷりで、わたしはめちゃくちゃ好きなんですよー」とのことなので、早速心斎橋の店へ行ってみると、看板は川崎あたりで見かけたことあります。けど恥ずかしながら、名前チラ見しただけで鎌倉の店かとずっと思い込んでいたぼくがいます。「そこは道頓堀発祥の、いちおう大阪の名物とされてますんで」とのマスターを言葉を思い出しつつ、いざ入店。

 Oh, っと博多ラーメンばりの強烈な臭いが鼻を突きます。「これであっさり系?まあ九州行ったときも『ここんのはあっさりしとーっちゃね』とか言ってコテコテのスープさらりと飲み干してる友人いたけどさ」と、少し疑念を抱きつつも席へおさまります。と、少し離れたところに座っておられるヨーロッパ系の家族観光客の父さんが”Take away,OK?”と店員へ向かって問うているが、店員の答えは”No”とのこと。あれ、でも、目の前のニラが仰山入ったケースの側面にSDGsのロゴ付きで「フードロス削減のために何ちゃら云々」と書いてある。「なにそれ、矛盾してんじゃん」といぶかしく思い、ぼくのラーメンが来たときにさりげなく「持ち帰れないの?」と聞いてみると、「唐揚げとかはいいんですけど、スープとか液体ものはダメなんですよ」と。なるほど、そういうことね。これは失敬。どうもありがとう、いただきます!

 スープは透き通っていて、たしかに白菜たっぷりです。チャーシューのほかに豚バラ肉もごろごろ入っている感じ。食べてみると、油けっこう多めだけどまあ、あっさりとイケる口ではあります。横浜家系とかに比べたら全然not so unhealthy. 回りくどい表現だけど、ラーメンにhealthyって言葉を使いかねているぼくなりの、健全なる評価です。畢竟、これはbarのマスターの言うとおりあっさり系のラーメンでした。ごちそうさま。美味しかった〜

難波なる道頓堀の神座に食道楽の神はゐましき

 ホテルに荷物置いて「ぶらぶら歩くか。さもなきゃうどん食えへん」とマジック・アワーのなんばの街へ繰り出します。長堀橋から心斎橋まで地下街が続いているけれど、ふと西の空をみるとすごく綺麗なので、寒いけど風流人風情は地上をこそ行け

難波津へしずむ夕陽を追ひかけて人波寄する御堂筋かも

浮かばれぬわび人ひとり渡り行く世人かがよふ心斎橋筋

 Apple Storeとかがある御堂筋をひたすら南下して道頓堀川を越えて。観光客の多さになかば圧倒されながらも、アーケードの下をてけてけと歩きます。「ん、これか?”かすうどん”の有名店…?」旅人を拒むかのごとく重い、建て付けの悪すぎる引き戸を開けて中をうかがうと、狭っ!「ひとりー?あー、反対側のドアから入ってもろてもええ?」カウンターに十人かけられるかも怪しいけど、幸いそんなに混んではいませんでした。てか、ほんまに汚ねえなこの店。煤けた暗い暖色の灯りがすでに怪しげな中に、壁という壁がちょっと素手で触れたくないような年季の入り具合です。油汚れ上等!はまだしも、遠目からでもわかるくらいぶ厚い埃の皮をかぶったビールグラスだのスプーンだのが、シンクの上に無造作に積んである隣で、なんでもないように数個の寸胴鍋が火にかけられていて、蓋の隙間から濃っゆい牛肉の香りがプンプンする湯気をもくもくと吹き上げている様は、うどん屋というよりも中世の魔女のサバトを思わせるほどです。

 でも、カウンターの上と大将のハートだけは不思議と綺麗でした。出ていくお客を「ありがとー、ありがとー」とやさしく送り出すのをうどんチュルチュル啜りながら聞いていて、なんかイイなって思いました。かすうどんは確かに旨味ガツん!味覚ノックアウト、ハイKO!って感じです。牛すじカリカリになるまで油で揚げてダシ汁にぶっ込むなんて、絶対うまいに決まってますけれど、さすがにちょっと胃がもたれました。「学生じゃあるめえし、ラーメン並盛り食って数十分歩いただけじゃ、身体ごまかせんわな。」ほなどうもすんまへん。ごちそうさん。

ちょっとまた歩こうと思い、ファミマで常温の水(”津南”の方。これ好き)買って、宿とは逆方向へとさすらいます。なんば駅を過ぎて、気づけば通天閣前まで来てしまったので、「そろそろ戻るかあ」と思ってぼちぼち引き返します。にしても

歩いても歩いてもまた似たような繁華街なる大阪の夜

めくるめく光の夜を縦横に練り行く我や筋違いなる

眩しさと異国の声のどぎつさに頭いたくてやみにけるかも

 道頓堀まで戻って来て、スマホで時間見ようとしたら、「あ、やべ。終わったー」ぼくの8年モノのレガシーiPhoneちゃん(SE1)が寒さと疲れとで一足先にお寝んねしちゃいましたので、ここからは独力で、慣れない大阪の巨大な碁盤の目の上を宿まで戻らなければなりません。途端に街のギラギラ、ガヤガヤがものものしく感ぜられる。「なにここ、ちょっと怖い。」

日は暮れぬスマホは死にき難波津の道頓堀に迷子なりけり

 客引きの兄ちゃんが「戻る前にもう1回とか、どう?」と引き留めるのに、「それどころじゃねえ」と言わんばかりの気迫で返してしまったのが、今となってはちょっと心残りです。優しそうだったし、せっかくなら道でも聞いときゃよかったですかね。でもちょっと嬉しい気づきもあって。明かりと喧騒を避けて一本裏手の路を歩いていると、ビルの居住まいとか店先のうっちゃり方とか、なんとなくなつかしい空気感が漂っている。そんなに綺麗でもないし、すごくうらさびしいんだけど、失われつつある三十年の平和なたたずまいが確かにまだあるような気がしました。

路地行くや楽しかりけるどことなくまだ平成の匂ひ残りて

# 本歌、西行の「はるかなる」
路地裏の夜の公園にひとりゐて人目つつまで歌うたはばや

 しかも、歩きながら見ていると路地裏にこそイイ感じのお好み焼き店とか居酒屋がけっこうあって、こういうあたりならまた来てもいいかもと思えました。狂ったほど歩いて這う這うホテルまで辿り着きましたが、妙な時間にラーメンとうどんをサクッと食べたきりなので、「これは夜中にお腹減りそうだな」という予感がしました。でも、もう食べたいものなんてないです。仕方ないから

疲れ果て店にも入らでスーパーの海鮮丼を半額で買ひぬ

 小さめのやつを。旅先でこんなことをする日がくるとは思いも寄りませんでした。年とったんですかねえ。けどまあ、これはこれで悪くはないですよ。シャワー浴びて和歌作って寝ました。

# 住吉
よしさらば仮寝の床を起き出でていざ住吉の宮へ参らむ

 翌20日、住吉詣。今日はちゃんと食べていこうと思い、ホテル隣のやよい軒でしらすおろし朝食セット490円を注文しました。やよい軒って初めて入ったけど、けっこうサービス凄くて、ごはんおかわり自由、茶漬け用の出汁が飲み放題。この出汁がすごくありがたく、冬の朝の身体には殊にしみるので、お茶代わりにゴクゴク飲んでました。名物や粉もんとか食いすぎて気持ち悪くなるより、もうこっちの方が嬉しいんかも、とさえ感じました。

 ダシ啜りながら、「新幹線や公園でのんびりと和歌作って、ご飯はやよい軒とかでサクッと済ます。酒はちゃんとしたbarで」なんて、今後の旅のガイドラインをおぼろけながら組み立ててみたり。ふいに新しい自分に出会ったふうな、なにとなく嬉しい朝でした。BGMに「きっといつだって今日はprecious day♪」というサビの曲がかかっていて、妙に刺さったのであとでMx.perty(perplexity AIの愛称)に「誰の曲?」って尋ねたら、東郷晶子という喜界島出身のSSWでした。「ヤバい!やよい軒、マジ最高。」何言ってんだか。ごちそうさま&行ってきます。

 住吉大社へは南海電車ですぐ着きます。松と赤い欄干の太鼓橋が美しい。翡翠でできた石のうさぎが居て、なでるとご利益があるとのことで、撫でまくってきました。まるっとしてて、つるつるしっとりな触感で、すごくかわいかったです。奥には「はったつさん」という招福猫の社があって、ここの猫の置き物もまたかわいいんですわ。商売発達を祈念する関西じゅうの会社などが旗を立てていて、伏見稲荷の鳥居ようなえげつない反復精神が見られましたが。そういうの、嫌いじゃないけど、どちらかといえば苦手かもです。各社の書類の山と一緒に、DXしてみてはいかがでしょう。

 それはそうと、すみよっさんには、ぼくにしては珍しく願をかけ奉りぬ。今の世に流行らぬ和歌の浦波路みちびき給へとなむ。そないなこと願うやつほかにおらへんわ、と宣われそうですけれど。所柄、歌詠みまくりました

波は引き歌は流行らぬ世なれども寄する思ひは住吉の神

住吉の浦より出づる葦舟は騒ぐ波にも沈みやはする

兎もかくもあればある世に住吉の神をたのみて荒磯海行く

住吉の神にゆかりの道なれば波風よしと思ひたるなり

住吉の松にかかれる月影をはるかな沖にいつか眺めむ

白波やちぬの海辺に住吉と我いにしへは宣りにしものを

 最後のはすみよっさんに代わって詠んだふうの歌です。今は住吉区の西に住之江区という別の区があるけれども、大昔は境内の真ん前まで波が打ち寄せる入江(住吉津)だったみたいです。遣唐使の船もそこから出ていたそうです(境内に「遣唐使発祥の地」の石碑もある)。なるほど、それで海上安全・船舶の神というわけですね。それが平安時代中頃を過ぎる頃には「和歌の神」の性格にとってかわられるのだけれど、遣唐使の廃止や海退もその背景にあったんとちゃいますかな。それと、近くに浅香山という地名があって、北隣には難波津があるという立地も。

難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花

安積山 影さへ見ゆる 山の井の 浅き心を 我が思はなくに

 『万葉集』にある上の二首は歌道の手ほどきとして古来、最重要視されたものです。堺の「浅香山」は後世の付会にすぎないとされるけれども、住吉の神が和歌と関連づけられる所以がそんなところにもちらほらうかがえて、知的な刺激になったし、ここへ来てのんびりできたことが何よりとてもありがたかったです。住吉大社の境内をまわるぼくの歩みは、大阪の繁華街を歩くスピードの四分の一くらいだったと思います。やっぱこういう方が好き。南海電車って和歌山市まで行けるから、今度はそちらへ行きついでに立ち寄ろうと思います。新横→新大阪→(御堂筋線・南海電車)→住吉大社→和歌山市。「あれ、和歌の浦って思ったほど遠くないのかも。」なんか元気出ましたわ、ありがとすみよっさん。ほなまた来るわ。

 もう街はいいやという気分だったので、ベンチでのほほんとできるステキな公園をMx.pertyにチョイスしてもらい、靱公園へ行きました。名所のバラ園は季節でないため荒涼としていたけれど、ともかくベンチで一休み、二休み三休みです。作りかけの歌に上下付けたり、住吉大社の由緒じっくり読んだりしていたけど、さすがに寒くなってくるので、公園に隣接している西部海岸風のカフェへ避難。これまでならまず入らないような雰囲気の店だけど、なんかこの旅でいろんなものへのこだわりが薄れた気がします。飲み食いの楽しみが相対化されて、ぼんやりと歌を練ったり、やよい軒の出汁とかチープだけれど自分に合った満足のカタチで全然いいんだと、気づかされた感。また”居ながらの旅”へと一歩近づきぬ。あ、でも今はそろそろ帰らなきゃです。帰りの新幹線を予約してぼちぼち新大阪へ。御堂筋線で夕焼けの淀川わたる

# 淀川
淀川をのぼりくだりしふなびとはさぞなこころのむすぼほれけむ

わび人は淀の川瀬にやすらひておのがこころを流れにぞ見る

淀川に落つる夕日を見納めに罷りのぼらむ我がふるさとへ

旅をするひと・もの・言葉よどみなくありこそ風の世にひかりあれ

 ひかり号のグリーン車、山側の窓席。以前、友達と仙台行った帰りに指定席が満席だったため仕方なくぼくだけグリーン車に乗ったのが馴れ初めだけれど、それ以来帰りはいつも奮発してグリーン車に座ることにしています。もう病みつきですよ。マジで神環境。ヘタな温泉なんか目じゃないですわ。しかも今回ラッキーなことに、新大阪発がちょうど日没の時間帯。昔から大好きなんですよね、新幹線からながめる夕暮れの山ぎわ。ぼくの詩や和歌の原点かもしれません。茜や燻銀の雲のアングルが刻々変わっていく光景は、古の歌人どころか明治の文人ですら誰も詠じたことのないシン・クールジャパンだとぼくは信じて疑いません。これずっと前の歌だけど、今でも同じ気持ちで詠めます

走らねば見えぬ景色もあるものか新幹線の窓の夕暮れ

 ひと昔まえはさ、車内メロディでTOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」が流れたけれど、今はUAの「会いにいこう」なんですよね。どっちも素晴らしいけれど、ひかりやこだまは古いままとかにしてくんないかなあ。ムリかあ。車窓からの景色のように、ぼく自身も変わっていかなくっちゃなりませんね。

# ひかり518
たそがれを追いかけてゆくきさらぎの京都の駅に浮かぶ月影

少しだけゆっくり進む時の上をかけるひかりのグリーン車かな

お土産はこのひとゝきをグリーンの座席もろとも持ち帰らばや

ひかりさへかなはぬはやさ持つべきはのぞみと知るややまとだましひ

 東海道新幹線のネーミングセンスほんと秀逸っていうか、これぞニッポンのココロっしょ?ってぼくは勝手に思い込んでいます。この世に光よりもはやいものがあるとしたら、それは何?って、問いと答えを両方同時に示しています。じつにあざやかで、美しい詩です。和歌の心もこういうところに息づいている気がしますね、きっと。さて、リニアには何て名前がつくのでしょう。命名の仕事ならぼくが引き受けてさしあげてもよいのですが。たとい風が吹いても桶屋ならぬぼくに儲けは来ないっか。あはは

 新横浜の夜風がふところにしみますわあ。『細雪』じゃないけれど、関東の冬ってやっぱ骨身にこたえるんだなあ。神棚にすみよっさんのお札祀って、頭下げてから寝ましょうか。ああ眠。おつかれ、ほなまたね