関東大震災以前に浅草にあった凌雲閣くらいの高さの、サーカスのテント張りのごときホテルのスイートに寝る。とてもホテルとは呼べないような粗末なつくりの掘立の塔で、スイートといってもただ最上階の唯一の部屋というだけで特別感高級感はゼロ。薄汚いホテリエに連れの仙術使い(そいつ自身は体よく消え失せた)がまじないをかけて誑かしたお陰で、タダで泊まることができたものの、そのスイートというのが、床がなく、蚊帳を逆さにして畳を乗っけただけのような、半ば宙吊り状態の危なかしい部屋なのである。見まわすと、各階ぐるりに似たような網張りの小部屋が並ぶ中央は吹き抜けになっていて、その見てくれはまるでミシェル・フーコーのパノプティコンのアジア版といったところだ。自分の居るスイートから直下に見下ろせる地階は、そのまま市場のある通りになっており、その雑多な雰囲気からもここが南〜東南アジアらしいと知られる。

「果たしてこのホテルが市場通りのど真ん中に建てられたのか、それともホテルの地階を貫いて市場が広がったのか…」そんな無駄な思考をも細切れにするのが、宿泊客たちの寝返りや飽くなき戯れによって、心許ない木造または竹造(!?)のホテルの節々から発せられ、そこらじゅうにたえず鳴り響いているギシギシという不快な音。しかも、それらが骨組みや空間を伝わって最頂部のスイート付近に収斂するせいで、耐えがたいほどの大音量に聞こえるのだ。そんな戦場の櫓同然の塔の最上階で、ハンモック状の寝床なぞにおちおち寝られるはずもない。あまつさえ下は夜も人通りが絶えない活気のある市場で、屋台の灯りや大量の自転車のライトで目がチカチカする。「もし倒壊すればホテルの客はまず助からない、それどころか幾多の通行人にまで死傷者が出るだろう…」全体なんでこんな目に遭うんだ、と嘆いていたところ、幸か不幸か、ホテリエにかけられたまじないが漸々解けだしたようで、形相を変えてやってきた屈強の従業員数名に引きずり降ろされ、つっけんどんにホテルから追い出されようといったところで目が覚めた。
あさましや奇しのわざに宿借りてエキゾチックな春の夜の夢