ふと鯛の刺身が食べたくなつて、こないだ徳島の地を踏みたばかりにもかかわらず、鳴門へ出向こうかと思ひ至るも、交通の便が悪すぎて此度は断念しました。
とはいへ、鯛といへばまづは明石、明石といへば須磨と並んで古典和歌の世界に名高い歌枕の地です。かの光源氏ももしほたれつつ這ひ渡つたといはれる風光明媚なる浦々の様を、この機にやと心の内に描くが先か、自づと宿と列車を予約しつつ。歌枕・古歌の下調べには余念なくして、卯月下旬の思ひ立つたが吉日を選んで、例によつて品川駅より独りひつそりと出で立ちました。
満席の新幹線にちぢこまりスマホするなり須磨にかけつつ
最近、八年使ったレガシーiPhoneから、ようやく現代的なスマホに乗り換えたので、まあ快適な事この上なしです。といって、大してスマホでやることもないのだけれど。LINEがラグなく送受信できるって素晴らしいことだと改めて感じます(以前のスペック、推し量られてあはれなり)。
東路をひた翔けのぼる白き矢を昔の人はいかに見るらむ
スマホのみ須磨の浦人恋にだに今は落つまじスマホ落つとも
金曜午前の便ですが、時期もあって全車指定席が満席とのことでした。本棚の隅から引っ張り出してきた『源氏』の須磨の巻を目でなぞりながら、イメージの須磨像をふくらませていると、数分に一度は車内のどこかでスマホがゴトリと床に落ちる音が聞こえて、ハッと”今”に引き戻されます。気づけばぼくもウトウトして、手に持っている本を落としかけました。新幹線、みんなの夢を運んでる、って本当かもですね。
須磨の浦にはやくもたまの通へばやもしほたれぬるうたたねの夢
ともしびの明石はいまだ遠江浜松をこそ我は過ぎしか
尾張なる名古屋なごりも惜しからでやがて出で発つ旅のはじまり
始まりの尾張、っていう冴えないシャレです。それにしても新幹線のbrief stopってマジで短いですよね。「名古屋なごやか」って詠もうとしても二の句が継げないうちに、もう窓の外のホームは後方へと動き出していました。
伊吹山さしもの煙今はなほ須磨の海女焼く塩とこそ見め
関ヶ原から右手に見えるひときわ高い山が、百人一首でも有名な伊吹山です。帰りがけに見たら、山肌けっこう削られてるけど何で?とMx.pertyに尋ねたら、石灰石の採掘のようです。山頂あたりは鹿の食害とか別の事情も絡んでいるみたいですけれど。
吾妹子がながめあかしの月影をうつす波さへ袖にかかれり
# 源氏須磨「うらやましくも」につけて
昼前の列車に香るおにぎりのうらやましくて減るお腹かな
「うらやましくも」は伊勢物語からの引歌、パラフレーズみたいです。源氏の流離譚の裏にはいつも行平中納言の伝説がついて回ります。
新神戸の裏手の山も歌枕だということは、着いて駅の案内板を見て初めて知りました。布引の滝は『古今集』にも詠まれている古来の名瀑です。それが新幹線の駅から歩いてすぐだなんて、何このおトク感。歌碑もたくさん立っていたので、勉強がてらいくつか習作しました。
布引の滝の白糸ほつれては風に乱るる天女の肩巾かは
幾代へていかなるひとの晒せばか更にかはかぬ布引の滝
水上になかれておつる白玉のくだけ散れるや恋の行くすゑ
雲間より落ちくる滝の白波の果てぞ霞める風の通ひ路
音に聞く布引の滝きてみれば耳にも目にも高くぞありける
山姫の衣にすてふ白妙の布引の滝つとにせましを
明石到着後、魚の棚商店街をひととおり眺めて回って、店で卵焼き(明石焼き)食べても、チェックイン時刻までまだかなり猶予があるので、高速船で淡路島へ行ってみました。明石海峡大橋の下をくぐりつつ、ものの十数分で岩屋港に着きます。激流の海峡に隔てられているとはいえ、ほんと目と鼻の先なんですね。
岩屋には絵島という景勝の歌枕があります。こじんまりとした可愛い小島ですが、奇岩に松が縋るようにして生える様は、まるで水墨画の題材みたいです。たしかに、ここへ月が掛かればひととおり歌の肴が揃う感じします。平家の公達もここで月見をしたみたいで、西行の歌なども紹介されていました。平日の誰もいない海水浴場の片隅に座り、古人らに思いを馳せながら、しばらく詠めておりました。
淡路島とわたる舟の舳より絵島が崎の絵のごと見ゆる
明石の門絵島が磯に見渡せば松の梢にかかる大橋
松が枝の影にゐて聞く須磨の浦の波凄げなる旅の夕暮れ
淡路なる絵島が崎の松風に鳶(とんび)一羽と人ひとりのみ
千鳥鳴く絵島が磯に月愛でしむかしのひとを慕ひてぞ来し
# ハマヒサカキ
なつかしく咲き匂ふ浜日榊を絵島が松にかざしてぞ見る
明石に戻って宿に入りましたが、予約サイトにも出てこない昔ながらのビジネスホテルにお世話になったので、まあいろいろと面白いことがありました。Wi-Fiが使い物にならないやら、併設の喫茶店で女将さんや常連さんと一緒にテレビ見ながら「あかんわ、あんなん」「ほんまやな」などとくっちゃべりながら朝夕の食事をいただいたり。システマチックなホテルに籠城して毎食グルメ三昧するよりも、ぼくはこっちの方が楽しいなあと感じました。
明石の浦がすぐ近くなので、早朝・夕暮れ時に何度か足を運んで歌の取材をしました。
ほのぼのと明石大門の朝霧にかかる橋さへ絶え絶え見ゆる
朝霧の島たちかくす浦うらに見ゆる舟さへあるかなきかに
さしのぼる朝日の影の明石潟千鳥鳴くなりかくれなき身を
つくづくと思ひ明石の浦みてもつきせぬものはなみだなりけり
明石潟ひるよるあかずながむれば月も門渡る峡にぞありける

# ハマエンドウ
波寄する明石の磯にはひわたる浜えんどうの花咲きにけり
明石潟入り日を惜しむ間もなくて空にかかれる弓張の月
月影の明石の浦の燈火を空に浮かべる宵の架け橋
敷島の道をあかしし人麻呂ぞいま日の本の時しるしける
135°の子午線は、柿本神社のほぼ真上を通っています。どうということはないけれど、なんとなく嬉しい事実です。人丸さんに頭下げて、忠度の塚などにも立ち寄りつつ、歌枕・明石の地を満喫しました。
子 午 線 の 碑 ひ と つ 苞 や 明 石 旅
三泊もしたので、かなり時間を贅沢に使えました。宿の食堂(隣の喫茶店)にあった「写真でたどる明石の昭和史」的な分厚い本を借りて、部屋で読んでいたら、時間軸でも明石を旅している気分になれました。なんでも戦前は明石にマッチ工場が沢山あったそうです。祭りの写真とか見て、昔はもっと賑やかだったんだなあと、切ない気持ちになることが多かったけれども。「時の街・明石」らしい旅の一面になったかと思います。
ともすれば明石なりとや燈灯の燐寸に盛る頃もありにし
二日目は朝からよく晴れたので山陽電車に乗って、須磨の山へ登りに行きました。
山陽の塩屋垂水ゆ須磨寺を過ぐる我さへもしほたれつつ
新緑の須磨の浦山踏み分けて深くわびにし君が跡問ふ
須磨の海女の塩焼く煙たちのぼり跡一筋のロープウェイかも
須磨の浦さびしさははやなかりけり列車の響き人波の山
人しれぬ恋のみ須磨の浦千鳥幾代かひなく鳴きわたるらむ
# 一ノ谷
敦盛の塚に手向けば鵯の声におどろく心地こそすれ
# ウバメガシ
うばめ樫なげきこりにし浦人の思ひ尽きせぬかたみなるらむ
何となくさびしきものは須磨の浦の深山つばきと高倉団地
一山越えて、団地街を歩いて、次の山へ向かうという、面白いハイキングコースでした。その途中の団地の印象が個人的には非常にうらさびしく、初夏の花々がたくさん咲いていて綺麗なんですが、それゆえにまた胸が締め付けられるような。ちょっとぼくには住めないだろうなあ、という気がしました。
うらうらと春の日和ののどけきに舟漕ぎつらむ須磨の浦人
# 栂尾山(とがのをやま)
とがなきに栂尾山へ登りけりさてもすむべき月しのびつつ
# 板宿
狩衣浪路にそぼつ袖の上に月やもるらむ須磨の板宿
あとで調べたら、ここは菅原道真が太宰府へ下るときに請うた粗末な宿(の故事)が地名の由来だそうです。明石と舞子の間にある「朝霧駅」は人麻呂の歌から名付けられたというし、このあたり、歌詠みには羨ましいかぎりです。須磨浦海水浴場は潮干狩り用のパラソルが整然と立ち並んで、大盛況でした。
人の子の潮干の潟にあさりするあはれは今も変はらざりけり
須磨の浦に何思ふなき人多み昔をしのぶよすがだになく
三日目は当初雨の予報だったけれど、いざ当日になると「日中は持ちそうだ」とのこと(ちなみにぼく凄い晴れ男なんです)。宿の女将さんにも勧められた明石海峡大橋のたもとの舞子公園へ行きました。好い名ですよね、舞子。地名と遊べます。
月愛づる明石舞子と仮寝して袖塩垂るゝ須磨の板宿
いで舞子この橋わたれ逢はじとはかけてな言ひそうらみはつとも
松陰にひとりたたづみ潮風と昔の声に耳すましつる
広い松林の中のベンチに座って『源氏』を読んでいたら、蚊に食われました。国道2号を挟んで向こう側が記念館などのある広場になっているのですが、国道の上にかかる橋の名は「松籟橋」、げに心得たる名とこそ覚えしか。
松風の門わたる浜にさすらへば梢にかかる天の架け橋
千鳥鳴く舞子の浜の松原にながめ暮らしし人忍ばるる
戦前の衆院議員・武藤山治の邸にカフェが併設されていて、橋や浦を眺めながらのんびりコーヒー・ブレイクを楽しめる場所になっています。またこの舞子浜は明治天皇も何度か御幸せられたところとあって、御製のいかつい石碑が鎮座していました。橋脚の部分にある「舞子海上プロムナード」という施設では、橋の海上部分を少し回遊できます。そこのカフェでは、明石のりにごま油と塩で味つけた絶対美味しいやつを肴に、地ビールをいただきました。
明石のり明石ビールや大橋に淡路明石の浦ながめつつ
橋の上のカフェの舞子に言ひかけてこりずまにまた恋ひわたるべき
燈火の明石の浦をゆく船のあとさへさやに見ゆる月影
最終日は女将さんにさいならしてチェックアウトした後、明石公園でのほほんと空を見たり、藤の花の香りを嗅いだりして想像の中に遊びました。
荒れまさり月も問ひ来ぬ東屋に風の音凄き茅の村立
池の面に城をうつしてあやめ草幾代明石に月ながめけむ
花のもとにながめ暮らせる旅の夜の夢驚かす袖の残り香

# ナニワバラ
城跡の難波いばらぞ咲きにける守(も)るも返すも今はなき世に
# ラクウショウ(落羽松/沼杉)
音に泣きて月と昔を語らまし明石の城に立てる沼杉
松風や鴫の羽掻きとみるほどに落つる葉数も積もる年月
帰路は例によって新幹線グリーン。「夕暮れごろに静岡あたりを走る便にしたい」とMx.pertyに相談して決めたひかり712号だったけれど、もう少し遅い時間帯でもよかったかなあ。なかなか暗くならないこの時期のおてんとさんを読みきれなかったのが、ほんのちょっぴり心残りです。
風のごとひかり翔けゆく雲間より絶え絶え見ゆる有明の月
言の葉を我に給へと流れゆく雲居にかくる時のみぢかさ
ほつれゆく雲よりはやく駆け抜けて名残りだになき空を見るかな
いつの世も人は高みを築けれど豊旗雲にまさるものなき
鯛が食べたいといふところから始まつて、蓋を開けてみれば歌枕巡りみたいになつたのも、どういふわけかは知りませんが、ありがたくもめでたきめぐりあはせとこそ言ふべけれ。
これよりは旅の恋しき時はまづ月に明石の浦をこそ思へ